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軽視できなかった穴馬、セラフィックロンプ [◯穴馬伝説]

☆14番人気の穴馬セラフィックロンプ号(牝6青鹿)が2着に喰い込んできた東京競馬17日(日)の府中牝馬S(GⅢ)は、国分恭介騎手騎乗の人気馬テイエムオーロラ号(牝4青鹿)の頭との組み合わせで馬単44,160円の高配当となった。

 この両馬は、どちらもマンハッタンカフェ産駒の2歳違いの先輩・後輩の間柄で、前レースの阪神競馬マーメイドS(GⅢ)でも2着と3着に入線し、仲の良いところを見せている。

 セラフィックロンプ号は2008年12月20日の中京競馬愛知杯(GⅢ)以来、久々にマーメイドSで馬券の対象となったが、府中牝馬Sではなぜかいつもどおり人気が出ず、魅力たっぷりの穴馬となった。

 このレースをいとも簡単に的中させたのは、マンハッタンカフェ命の競馬ファンだと思うが、セラフィックロンプ号を軽視できない馬の一頭として紐馬に上げるのは、決して無理な推理ではないような気がする。

 どっちの馬が強いかを判断する時、成績等の総合評価により決定するのが普通と思うが、これが人気馬の場合は非常に困難な作業となる。

 反対に実績のない馬同士の比較は意外と簡単で、これで選んだ馬が難なく1着になってしまうことがよくある。府中牝馬Sでは下位人気(無印)に該当する馬が②⑤⑦⑧⑩⑫と6頭いたが、直近5戦で条件、着順、タイムとも良いのは②のセラフィックロンプ号だけである。
 
今までの経験だと下位人気馬6頭までが狙い所で、それ以上の頭数のレースは意外と下位人気は来ないことが多い。このようにあっさり結果が出てしまう時ほど、穴馬として有力となる。

 しかし、下位人気が来るレース自体が少ないのが競馬で、自信のある軸馬にちょっと遊びで絡める程度にしておいた方が無難かもしれない。

 この日のパドックでもセラフィックロンプ号は、クビをリズミカルに上げ下げして楽しそうに周回していた。
このように安心してゆったりと眺められる時は、体調も良い証拠で、この様子からは精神状態?も安定しているように見て取れた。

 今回はセラフィックロンプ号を予想にアップできなかったことが悔やまれるが、大器晩成型のセラフィックロンプ号と3歳から続いている宮崎北斗騎手とのコンビは、これからも益々楽しみとなってきた。

 宮崎北斗騎手は、4年目となる今年はスランプだろうか13勝と昨年の37勝の勢いは感じられないが、レースを見る限り、直線を知らない間にスーッと抜け出る様は非凡なものが感じられて頼もしい。

 今回は先輩・後輩のマンハッタンカフェ産駒の両馬のごとく、2年後輩の国分恭介騎手に勝利を許した宮崎北斗騎手だが、これからは初重賞を獲得した相棒セラフィックロンプ号と共にどんどん張り切ってもらい、将来はトップを争う騎手の中で活躍してもらいたいと思っている。

 そして欲の深い穴党ファンとしては、宮崎北斗騎手に超人気薄のセラフィックロンプ号と、もう一つ大きな山を越えてもらいたいと、図々しく密かに期待している。
・・穴馬伝説(19) セラフィックロンプ・・

セラフィックロンプ.jpg
    ◇宮崎北斗騎手とセラフィックロンプ号(2010年京都記念13番人気0.5秒差5着)  

穴馬フジサイレンスが甲冑競馬に参戦します! [◯穴馬伝説]

☆フジサイレンス号(牡黒鹿毛)は、こつこつと勝ち星を重ねて5歳の春にオープン馬の仲間入りをしたが、その後1年たっても重賞勝ちどころか、勝ち星にさえ見放されていた。

 重賞6度目の挑戦となる2006年1月28日、東京競馬場の東京新聞杯GⅢ(芝1600m)に16頭立ての5枠10番で出走することになった。

 人気は、前走の中山競馬場のニューイヤーステークスを乗り替わった江田照男騎手とのコンビで3着と健闘していながら、今回は11番人気と低かったが、馬体重の変化もなく、依然好調は持続している状況だった。

 自分の競馬記録の中に、このレースのパドックのデータが残されていなかったので、フジサイレンス号がどんな顔をしてパドックを周回していたか見ることができなくてちょっと残念でしたが・・・。

 レースは、最初1ハロンはゆったりと先行していた流れが、急に速度を速めた。それにつられる形で有力馬が追走する形となったが、そこから直線坂下まで淀みないスピードで流れたため、先行する馬には厳しい展開となった。

 江田照男騎手の騎乗するフジサイレンス号は3コーナー当たりから徐々に順位を上げ、先行陣がばててペースが落ちたところを狙いすましたかのように強襲した。

 ゴール直前、1~3番人気のインセンティブガイ号、オレハマッテルゼ号、アルビレオ号がクビ差のデッドヒートを繰り広げる横を尻目に、人気馬をごぼう抜きするという痛快なデッドヒートを演じて、アタマ差先着した。(単勝:5,180円)

 フジサイレンス号は、その後9歳まで26戦に参戦したが勝利することはなく、2009年6月14日の中京競馬場のCBC賞を最後に引退した。

 最近はどうしているのかと思っていたが、大井競馬場から発信された情報にフジサイレンス号の名前が載っているのを見て、10歳となった今でもどこかで頑張っていると思うと内心ほっとするところがある。

 2009年7月12日に中央競馬を抹消された後、栃木県の乗馬クラブに移籍したということであるが、現在は福島県の「相馬野馬追」で活躍する馬として第2の人生を送っているようである。

 今回は東京シティ競馬の第9回イベントとして、8月29日(日)に福島県の「相馬野馬追」の実演が大井競馬場の本馬場において行われる。
 
 この時に参加する甲冑競馬の8頭の馬の中にフジサイレンス号が出走するということで、久しぶりにあの勇姿を拝見できるかと思うと、ほんとうに楽しみな真夏の夕暮れ時の一戦です。
・・穴馬伝説(18) フジサイレンス・・  

「カンフー・パンダ」のような穴馬 エイダイセルリア! [◯穴馬伝説]

☆2008年6月1日に未勝利を脱出したエイダイセルリア号(牝黒鹿毛、父マンハッタンカフェ、母エイダイクイン、母父メジロマックイーン)は、4歳となった翌年の2月15日、5戦目となる東京競馬場8Rで500万条件戦に挑戦することとなった。

 当時のマスコミ等の下馬評は「狙えない」の一言!穴党ファンでも切りたくなるような前走15頭立ての15着という成績が、当時の16頭立ての12番人気という人気を物語っていた。

 そればかりではない。2ヶ月休養明けの馬体重がなんと18kg増の422kg、もともと小柄な馬なので2桁の体重増は成長分があるとはいえ、大変な負担ではないかと誰もが思ったに違いない。

 レースはエイダイセルリア号が自分のペースで気分良く先行する形となったが、この時、鞍上の津村明秀騎手は絶妙のペース配分で、道中誰に絡まれることなく淡々とレースを運んでいった。

 レース後のペース配分を見ると、まんまと後続陣が逃げ馬の罠に引っかかったことがよくわかる。
最初の1ハロンの追い込み馬が先頭に立ってしまうような12.3秒のスローペースを、2ハロン目から即、11秒のペースで引き離す。
 
 当然、後続陣はこのペースで行ったら直線は持たないと判断し、追走を止めて様子を伺うことになる。
ここで逃げ馬は、悟られないように、ここから4ハロンをかけて徐々にスピードを緩め、12.6秒まで落とすことになる。

 多分、この長い距離を徐々に落としたのでは、後続馬の騎手達は自分の馬が加速したのかと錯覚して、逃げ馬との間隔を維持しようと減速してしまう。

 4コーナーにさしかかるやいなや、逃げ馬はアクセルを踏みだんだん加速していく。この時、後続陣は逃げ馬との間隔が容易に縮まらないのに気づくが、時はすでに遅し、4コーナーまで気分良く余裕を持って汗を流した逃げ馬は、狼狽える後続陣を尻目に、ゴールをめがけて一目散に逃げることになる。(単勝:5,310円)

 ほんとのことはどうだか分からないが、事実はこれに近かったのではないかと自分なりに推測している。
このエイダイセルリア号の勝利を見て、あの映画の「カンフー・パンダ」を思い出した。

 おなかぽっこりとなったエイダイセルリア号が、食い気でパワーを呼び込み勝ってしまうという構図が、あの映画とどこか似ているような気がした。

 その後、エイダイセルリア号は2010年4月15日以降、北海道競馬に移籍したが、その初戦の7月1日門別競馬場10Rファルブラヴ賞で8番人気の3着(櫻井拓章騎手)と健闘した。

 しかも、「カンフー・パンダ」は健在で、この時も一回り大きくなって32kg増の446kgの馬体重での挑戦だった。

 これからも北海道競馬で、わかりやすい穴馬?としてどんどん活躍して欲しい期待の一頭です。
・・穴馬伝説(17) エイダイセルリア・・ 

癖馬馴らしの後藤浩輝騎手とリキアイサイレンス [◯穴馬伝説]

☆リキアイサイレンス号(牡鹿毛)が1600万下クラスで成績不振に喘いでいた6歳の2007年10月、再び後藤浩輝騎手が手綱を取る日がやってきた。
 
 後藤騎手とは不思議と相性が良いようで、3歳の時、未勝利を脱出したのは武豊騎手だが、500万下を勝ったのが後藤騎手だった。

 その後しばらく騎乗はなかったが、4歳の2005年7月以降2006年12月まで、1着2回2着4回掲示板2回の着外無しの固め打ちを成し遂げた。

 2007年10月6日東京競馬場11Rオクトーバーステークス(2400m芝良)のこの日、久々の騎乗となる後藤騎手を背にリキアイサイレンス号は馬場の内らちを楽しそうに斜め歩きして、勝利の美酒を共に味わった歴戦の勇士を歓迎しているかのようだった。

 それも無理はなかったかもしれない。この日を迎えるまで、リキアイサイレンス号の勝利は和田竜二騎手とコンビを組んだ中京競馬場の遠州灘特別の1勝にすぎなかったからである。

 人気といえば、着外が続いた老兵(ちょっと早い気がするが)に人気は集まる筈もなく、13頭立て7番人気となっていた。

 人気どころは朝日チャレンジカップ(GⅢ)5着のコスモプラチナ号(牝4鹿毛)と、この頃順調に条件戦を突破してきた絶好調の上がり馬カゼノコウテイ号(牡4鹿毛)で、この2頭で人気を分け合う形となっていた。

 レースは、3番人気のメジロライアンの子オナーチェイサー号(牡5鹿毛)が引っ張る展開となったが、ペースはよどみがなく、幾分早め早めへと流れていった。

 後ろから3番手を進んだリキアイサイレンス号は、3コーナーから4コーナーにかけじりじりと番手を上げ、直線坂下ではガッテンワン(牡5栗毛)に前をふさがれ行き場を失ったが、即座に外に出し追い上げ態勢に入った。

 ところが200m手前となってもなかなか3馬身の差が詰まらない。
前を行くガッテンワン号は先頭をとらえる勢いというのに、50m手前でももどかしく差が縮まらない。

 もう先がないと思ったその時、後藤騎手の意志が伝わったかのように呼吸がぴったりと合い、じわじわと加速が増していった。
 そして、ハナ差抜け出たところがゴールとなった。(単勝:1,990円)

後藤騎手も嬉しかったのだろう。
ポンポンと間を空けて感慨深げに頸を叩き、リキアイサイレンス号の労をねぎらった。

 リキアイサイレンス号は5歳の時、騎手をおっぽっても、我先にゴールを駆け抜けた癖馬だが、気心の知れた相性の良い相棒なら、とことん能力を発揮する馬君なのかもしれない。

 次走のアルゼンチン共和国杯(GⅡ)の3着が後藤騎手との最後のレースとなったが、その後2年間程の間、オープン戦を主に参戦したが、勝利どころか掲示板にさえ載ることはなかった。

 リキアイサイレンス号(父サンデーサイレンス、母リキアイアクトレス)は、2009年の8月28日に引退し、現在は北海道静内の岡田牧場で種牡馬として繋養されている。

 種付け料は10万円と公表されていますが、来年4月頃にはシェラムール号(父Conquistador Cielo、母ニコールモナムール)と他1頭の産駒が期待できるそうです。

 岡田社長さんは「趣味の世界だから」と話しておられましたが、個性の強い馬だからこそ、大きな夢を見せてくれるような気がします。
 また、岡田牧場では、事前に連絡をすればリキアイサイレンス号に会うことも出来るようです。

 この競馬界で、後藤騎手のような癖馬の扱いが巧みな騎手がいる限り、リキアイサイレンス号のⅡ世達も、騎手を振り落とす勢いでゴール目指して疾走するのではないかと期待が膨らみます。

 なお、後藤騎手は本日7月6日より1ヶ月間、イギリスへ海外渡航される予定と発表がありました。
更に磨きをかけて、海外といわず国内の競馬でも活躍を期待したいところです。 
・・穴馬伝説(16) リキアイサイレンス・・ 

はやぶさが日本人に自信と勇気を与えた! [◯穴馬伝説]

JAXAの ”はやぶさ” が7年間の長旅をおえて、6月13日の11時頃に帰還しました。

 打ち上げは2003年5月9日、火星と木星の間にある地球から3億kmの ”イトカワ” という
小惑星に着陸して土壌採取をして帰るという超難題ミッションをやり遂げました。

 惑星からの帰還は世界初の快挙です!

 途中、エンジントラブル、通信機能停止など数々のアクシデントがありましたが、
日本人特有の粘りと情熱を持って乗り越えました。

 60億kmもの全行程を終え、6月13日の夜、探査機は輝きを放ちながら流れ星となりましたが、
カプセルはオーストラリアのウーメラ地区に落下し回収されました。
 日本帰還は18日の予定です。

 そのときの流れ星の映像が各ホームページで紹介されています。  ∴∵

    JAXA  http://www.jaxa.jp/

    NASA  http://www.nasa.gov/home/index.html

    日本経済新聞電子版  http://www.nikkei.com/


他に ”はやぶさ” といえば、1960年のテレビ漫画、海底人8823”はやぶさ”が有名です。
3万サイクルの笛の音で参上し、悪をやっつける正義の味方です。

最近の話題では東北新幹線で”はやぶさ”の2代目が2011年3月からお目見えします。
6月17日に新青森駅でお披露目をするそうです。

本来の”はやぶさ”は時速200kmで獲物を捕らえる離れ業を持った野鳥ですが、
残念ながら現在、絶滅危惧種に指定されている野鳥です。

サッカーの全日本が勝ったのも、ひょっとしたら ”はやぶさ” 効果かもしれません!

”はやぶさ” といえば競馬の世界でも励ましてくれた穴馬がいました。

 1984年5月27日生まれのハヤブサオーカン(牡・青鹿毛)です。
 旧3歳にデビューし、8歳になってようやくオープン馬入りした大器晩成の穴馬です。

 8歳と10歳の年に安田記念(GⅠ)に出走しています。
 残念ながら何度か掲示板に載りましたが勝つまでにはいきませんでした。
 
 ところが1993年6月27日福島競馬場、引退レースの2週間前の11R、
初馬場初コースの吾妻小富士OPで堂々と勝ちました。(蛯名正義騎手)

 当時のことはあまり覚えていませんが、記録によると10頭立て7番人気で
トップに2馬身の差を付けて勝ったようです。(単勝:2,330円)

 その後、種牡馬として1995年1996年と5頭の産駒がありましたが、
内4頭が地方競馬で活躍したということです。

 ”はやぶさ” とは簡単にへこたれない、頼もしい気持ちを涌かせる名前かもしれません。
・・穴馬伝説(15) ハヤブサオーカン・・
 

 

壁のような馬群をすり抜けた小牧騎手と穴馬ナリタプレリュード [◯穴馬伝説]

☆皐月賞のウオッカ、桜花賞のビクトリーで盛りあがったダービーの2週前の
2007年5月13日(日)東京競馬場、第10R丹沢ステークスに、
3年間かけて1000万条件を勝ち上がり、4年目の後半、後一歩のところで
攻めあぐねていたナリタプレリュード号(牡黒鹿毛、当時5歳)が参戦していた。
 
 前回の勝利が1年ほど前の函館競馬場の渡島特別(1000万下)だったため、
人気は16頭立ての8番目と人気となっていた。

  鞍上は小牧 太騎手で、今はローズキングダムで一躍話題の騎手となっているが、
  勿論、このコンビのダービーでの活躍は注目したいと思っている。
(残念ながら、小牧 太騎手は先週22日の京都競馬場5Rで降着となり、
   ダービーは後藤浩輝騎手に乗り変わりました。)

 1番人気はシルクウィザード号(牡栗毛、当時4歳・安藤勝巳騎手)で、
この馬は今も現役で奮闘しているが、すごいことに2008年6月28日に福島競馬場の
安達太良ステークスを勝った後、レースに参戦していない。
 
  最近では、ついこの間の5月16日の京都競馬場の栗東ステークスに登録するも
 抽選漏れで出走出来なかったようである。
  次はダービーウィークの29日の東京競馬場の欅ステークスの予定だが
 出走できるかどうかというような微妙な状況にある。(出走が決定しました。)

 レースは大外のナリタプレリュード号の出遅れでスタートした。ダート戦での出遅れは
もう戦線離脱に等しい。案の定、後方からのんびりと走ることとなった。

 先頭を切って走るのはマイネルセテウス号(牡4歳鹿毛・内田博幸騎手)だが、
ちょっとハイペース気味にとばしたため、およそ20馬身の長い展開となった。

 直線坂下になると、ナリタプレリュード号の前方は8頭ほどが団子状態に前を塞いでいる。
坂をあがっても依然状態は変わらず、万事休すと思われたその時、
小牧太騎手の騎手仲間でもピカイチの園田譲りのパワーが炸裂した。

 外11番のプログレスエバー号と内6番のアグネスネクタル号のわずかな隙間を
無理矢理こじ開け、猛烈な足で突進してきたのである。

 先頭を行くスマートストリーム号とシルクウィザード号の叩き合いが決着したと思ったその瞬間、
強烈な差し足のナリタプレリュード号が、今まさに勝利の美酒を飲まんとするスマートストリーム号に
襲いかかり、2/1馬身差でゴールを駆け抜けた。(単勝:2,040円)

 最初の溜がナリタプレリュード号の爆発的な末足を誘発したのかもしれないが、
この時の私の脳細胞にはドーパミンのようなものがあふれかえったのを覚えている。

 それから、4戦目の2007年11月10日の福島競馬場の福島記念(GⅡ)に
16番人気で2着に食い込み大穴の片棒を担いだが、
その後は目の覚めるような強烈な差足を見せることなく、2009年3月14日に引退した。

 実はナリタプレリュード号に関連してすばらしい情報があります。
ナリタプレリュード号は父フジキセキ、母ロングディライトの生まれですが、
2008年1月9日に鳥井牧場で半妹が生まれています。父はディープインパクトです。
 
 名前はナリタカサブランカだそうですが、ナリタプレリュード号が見せた差し足が
更に鋭さを増してくるのではないかと、今から楽しみな一頭となりそうです。
・・穴馬伝説(14) ナリタプレリュード・・ 


 

 


 

 



  
 



かつては穴馬 ユキチャン [◯穴馬伝説]

今では公営競馬のアイドル、ユキチャン号も中央競馬時代は立派な?穴馬でした。

2007年の7月8日福島競馬場の5R新馬戦(芝1200m)では、いかにも目立つ白毛で、
しかも父はクロフネ、母シラユキヒメの父はサンデーサイレンスという名の知れた血筋の生まれ
だったことから人気を集め、1番人気のダイワシークレット号(牡2歳栗毛)に次ぐ人気となっていた。

よれる馬の多い新馬戦、ユキチャン号もスタート直後、大外枠出走が更に大外にはじかれるという
不利をまともに受け、結果14着という新馬戦の洗礼をまともにうけることとなった。

中央2戦目は5ヶ月の休養後、12月8日の中山競馬場2R未勝利戦(ダート1200m)となった。
パドックでは2歳馬とは思えない落ち着いた雰囲気で、淡々と周回していたが、
人気は前走のこともあり、5番人気にとどまった。

レースでは中段を進んでいたユキチャン号だったが、直線坂下で7番手から力強い足取りで
駆け上がり、直線坂上で先頭に立つとそのまま押し切り、2馬身差で堂々の1着となった。
(単勝:1,550円)

翌年の3月29日、中央3戦目となる中山競馬場の9Rミモザ賞(芝2000m)に挑戦した
ユキチャン号は、並の馬では格上初戦突破は難しいとの競馬セオリーに押され
12頭中の8番目と人気を落としていた。

鞍上は3戦とも2007年4月にフリーに転向した吉田隼人騎手で、この時期、兄吉田豊騎手を超える
勢いのある騎手なのではと実績からも伺い知ることが出来た。

レースでは積極的な先行策で4番手を進んでいたが、直線坂上で先行している
シェリルピンク号(牝3歳黒鹿毛)を吉田隼人騎手の激しい鞭裁きで交わし、
ゴール前、迫り来る兄吉田豊騎手のハイカックウ号(牝3歳鹿毛)の追い上げを
クビ差しのぎきり、連勝のゴールとなった。(単勝:1,410円)

その後、ご存じのように人気はうなぎ登りで、2007年4月27日東京競馬場のオークストライアル
サンケイスポーツ賞フローラステークス(GⅡ)に出走し4番人気7着と健闘した。

当時、GⅠで白毛の馬を見たいというファンの声もあったようであるが、オークスに登録するも
選外となってしまいファンの夢は残念ながらかなえられなかった。

舞台を公営競馬に移したユキチャン号は、2008年6月18日川崎競馬場で行われた
関東オークス(GⅡ)を皮切りに全13戦のうち、1着3回、掲示板4回の活躍を見せている。

次走出走予定は2010年5月12日の川崎競馬場の東京スポーツ賞第2回マイラーズ競争(SⅢ)
(1600m)となっている。

5歳となり、このところ好調を維持していることから、再度、中央の重賞に参戦してもらいたいと
思うのは私ばかりではないと勝手に考えているのですが・・・。
・・穴馬伝説(13) ユキチャン・・










ラムタラ産駒の穴馬、母父で開花なるか! テンイムホウ [◯穴馬伝説]

☆サンデーサイレンス産駒は別格として、父又は母父の輝かしい戦績に比べ
ぱっとしない産駒が多いのが普通で、ラムタラ産駒もなかなか芽が出ず、苦しい戦いが続いている。

 2002年のラムタラ産駒のテンイムホウ号(牝5歳鹿毛)も
2006年3月25日に千葉日報賞で1000万下を脱出(柄崎将寿騎手)したが
1600万条件のレースでの成績不振のため、およそ1年半を掛けて1000万下に再度挑戦した。

 そして13戦目の2007年10月28日に1000万条件の河北新報杯にやっと勝利(柄崎将寿騎手)
し1600万下の挑戦切符を手に入れることが出来た。

 その2戦目の2007年12月2日、市川ステークス(中山競馬場 芝1200m16頭立)の
1枠1番で挑戦することになったが、追い込み馬だけに最内枠は決して有利な枠とはいえない。
馬によっては最初から馬群に包み込まれて戦意を喪失することが多い。

 しかし、鞍上はテンイムホウ号に乗り慣れている柄崎将寿騎手で、父親の厩舎馬だけに
この馬の騎乗数も桁外れに多く、今までの全4勝も柄崎将寿騎手で勝ち取っている。
6個レースで他の騎手が乗っているが4着が最高順位となっている。

 パドックでのテンイムホウ号は厩務員に甘える仕草を見せるなど
レースのことなど眼中にない態度で周回していたが、この点は穴馬(本気馬)が
気分良く走れるかどうか知るためのチェックポイントになると思っている。

 レースではスタート直後最後方に付けたが、軽いフットワークで徐々に先頭集団に接近した。
ペースは若干早かったが4コーナーでは3番手まで追い上げ、直線に入ると
中山の坂をものともせず駆け上がり、先行したスパイン号(牡5歳鹿毛 江田照男騎手)と
ピサノグラフ号(牝5歳鹿毛 ペリエ騎手)を尻目に一馬身1/4差で先着した。

 テンイムホウ号にとって結果的にはこれが最後の勝利となったが
その後、ヴィクトリアスマイル(GⅠ)を含め19戦に参戦し2009年11月13日に現役から退いた。

 現在は北海道の牧場で繁殖牝馬として繋養されているようであるが
テンイムホウ号の母父ラムタラとしての産駒がもうじき見られると思うと今から待ち遠しい気がする。

 血統の掛け合わせの善し悪しはよくわからないが
ディンヒル(1986生鹿毛・USA)を例に取ってみると産駒の成績がいまいちで
ようやく2001年頃からサイアーランクの10番台に登場してきている。

 そしてその7年後に母父の産駒で最高順位17位と健闘している。
ラムタラ産駒もこれとよく似ていて、2003年にサイアーランク16位を記録しているが
その前後は全くさえない順位に甘んじている。

 血統によっていろんな個性があるのではないかと素人なりに思っているが
2010年の今年あたりから母父ラムタラの産駒が活躍する時期に
差し掛かっているのではないかと密かに期待している。
・・穴馬伝説(12) テンイムホウ・・
 

◯7日(日)阪神競馬場に出走する穴馬 ヤマニンイグナイト [◯穴馬伝説]

☆2008年8月16日、1ヶ月前の前走500万条件を勝ち抜けて昇格戦となる西部スポニチ賞(小倉競馬場 10R芝1,800m10頭立)に挑戦してきたヤマニンイグナイト号(牡5才栗毛 和田竜二騎手)は、他の1000万条件馬のなかにこれと言って目立つ馬がいないのに単勝6番人気と人気がなかった。

 勝ち抜けたからと言って500万条件を勝つのに2年近くを要していればなおさら人気はなくなる。また、昇格初戦で勝つのはよほどの強い馬でない限り難しいことをファンはよく知っていて、その答えが人気投票によく表れていた。

 この日は5レースから本格的な雨となり馬場は不良となっていた。レースはハナを穫ったヤマニンイグナイト号が逃げ、次に2番人気のブライティアパルス号(牝3才鹿毛 藤岡康太騎手)と9番人気のショウナンサリーレ号(牝5才青毛 幸 英明騎手)が続いたが、向う正面では先頭から1頭ずつ6馬身程度間隔が開いてしまい、1番人気のアペリティフ号(セン5才鹿毛 小牧 太騎手)のいる馬群へも、さらに6馬身程度の間隔が開くという珍しい展開となった。

 直線に入り和田竜二騎手は、ヤマニンイグナイト号を馬場の良い中央に持って行くという余裕を見せるほど間隔を維持していた。後続も追い上げたが届かず1馬身1/2差でゴールし2番手のブライティアパルス号も2着に残った。ペースは6馬身引き離す時を除いて1ハロン約12秒のスローでコンスタントに逃げるという、逃げ馬にとって非常にロスの少ない乗り方をした和田竜二騎手の手腕を見せつけたレースでもあった。(単勝:1,720円)

 その後、約1年と半年間で14戦に出走したが勝ち星はなく、最近では二桁順位が続いている。その穴馬中の穴馬が3日後の阪神競馬場の第1回4日目、7日(日)の10R武庫川ステークス(芝1,600m)に3ヶ月ぶりに出走する。

 天候も渋りがちで、登録メンバーを見ても逃げ馬がなく、ハンディ戦で軽量の52kgと舞台はそろったと思いたいがどうなるでしょうか。しかも鞍上は1発屋の熊沢重文騎手、あの1991年の有馬記念で穴馬殿堂馬のダイユウサク号(牡7才鹿毛 15頭中14番人気)で優勝した騎手である。

 芝の1,600mを超スローでもっていくにはちょっと無理があるかもしれませんが、万が一の期待を込めて応援したい穴馬ではあります。
・・穴馬伝説(11) ヤマニンイグナイト・・  
 

 

◯雰囲気の良さが身上!生涯で1勝の穴馬 ローテカリーノ [◯穴馬伝説]

☆2007年12月22日、中山競馬場1R2歳未勝利戦16頭立(ダート1,200m)、初戦を勝てなかった馬達の奮起の第2戦だが、1番人気となったのは前走2着だが3着以下を3馬身突き放したマイミカプリンセス号(牝2歳栗毛 後藤浩輝騎手)で単勝1.5倍のダントツ1番人気となっていた。

 4番人気のローテカリーノ号(牝2歳鹿毛 蛯名正義騎手)は「初戦はおっとりしていてゲートを出て行かなかった。」(マスコミ報道)と国枝調教師が語っていたように、出遅れしたものの6着で入線した素質を買い穴馬候補として抽出したが、力差のない2戦目の未勝利戦は馬君のやる気によってはどの馬にも勝てるチャンスがあるといえる。

 レースは緩みのない平均ペースとなり、ローテカリーノ号は後段から徐々に順位を上げ、3番人気2着のレティセントガール号(牝2歳黒鹿毛 松岡正海騎手)に頭差先着した。この時鞍上の蛯名正義騎手は「ゲート内でおとなしくて出脚がつかなかったが素質で押し切ってくれた。雰囲気のいい馬です。」(マスコミ報道)と語っていた。(単勝:1,310円)

 なんと、蛯名正義騎手にとって、このローテカリーノ号で勝ち取った1勝が2007年勝利数100勝目という記念すべきレースとなったのである。ところが話はこれだけでは終わらない。蛯名正義騎手はその日の5R2歳新馬戦でタイキティファニー号(牝2歳青鹿毛)で2勝目を上げ、翌日の2007年中央競馬最終日の23日、4R2歳新馬戦のステルスソニック号(牡3歳黒鹿毛)、7Rグッドラックハンディキャップのエフティイカロス号(牡3歳黒鹿毛)、9R有馬記念(GⅠ)のマツリダゴッホ号(牡4歳鹿毛)、10Rハッピーエンドカップのリキサンファイター号(牡3歳栗毛)で中山競馬場の最終日の7鞍のうち後半の4レースを連勝してしまったのである。しかも縁起の良いタイトルレースを総ナメにするという快挙をなしとげたのである。

 人の笑顔が幸福を引き寄せるように、蛯名正義騎手を「いい雰囲気」にさせ最大限の名手の能力を引き出したのは、このおっとりとしたローテカリーノ号だったのではないのかと思わずにはいられない出来事でした。

 この後、ローテカリーノ号は札幌競馬場での落馬した先行馬に接触し落馬するという事故にもあいながら、1年と8ヶ月の間に7レースを無事完走し2009年8月16日に引退しました。

 現在は茨城県の大和ホースパークで中級者の馬術競技用馬として調教中ということで、乗馬クラブでの責任者の方の話によりますと、クラブでの印象も「おとなしくて、物覚えのいい子?」と評判のようです。
・・穴馬伝説(10) ローテカリーノ・・

ローテカリーノ.jpg


写真掲載場所:「大和ホースパーク」   http://www.y-h-p.jp/

☆大和ホースパークにはローテカリーノ号の他にツルマルフェロー号(牡8歳鹿毛)、マルターズライオン号(牡14歳栗毛)、サンターナドリーム号(牝5歳栗毛)が調教されてるようです。ちなみにサンターナドリーム号は母サンターナズソング父マルターズライオンということです。
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